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摂食障害の基本知識 ~経験者の視点で語り合いました

摂食障害、どんなに苦しくて大変(だった)?

いづ : 今日のあかりトークの内容ですが、今回は、「どんなに苦しくて大変か、苦しくて大変だったか」を表現できるうまい言葉をみんなで探せたらと思います。
この苦しさとか、誰に助けてほしいとか、誰に伝えたかったかを、より伝わりやすいような言葉や伝える方法を、話し合いながら見つけていければと思います。
それから、「自分や他の人にどういうメッセージを発していたと思うか」ということを話し合っていければと思います。

ちいちゃん : 一言では言えないよね。いろんな苦しさが絡み合ってると思うんだけど、
私の場合、大きく二通りに。
一つは、自分の中に破壊的な感じの怒りがあって、何かものを壊したりしないといられない衝動とか、殴りたいとか、それを出してしまいたいという怒りの衝動があって、それと過食と何らかの関係性があると思う。
もう一つは、もともと自己否定感があって、自分が恥ずかしい人間やと思っていて、
人に自分の存在を見られるのも恥ずかしい。それが、過食によって太ることでさらに自己否定感が強まって、自分は最低の極限て感じ。

いづ : (笑)そうそう、最低の極限て感じわかるな。

ちいちゃん : 「最低すぎて生きてちゃいけない存在」、言葉では思ってたわけじゃないけど、感覚としてそういう苦しさがあった。 それから、誰にもわかってもらえない辛さもあったな。それも恥ずかしいと思ってたから友達にも言えないし。

いづ : 恥ずかしいというのと、怒りとが過食をよんだ。太ったら太るだけもっともっと恥ずかしいみたいな。

ちいちゃん : そう、変な悪循環が。

Bちゃん : 誰かへのメッセージを伝えたかったのかといわれたら、私は本当に誰にも知られたくなかった。
でも今冷静に考えるとやっぱり母親なのかなと。
抵抗しているけど、本当は母親に抱きしめて「大丈夫だよ」とか「好きだよ」とか、言ってほしかったのかなとか、今なら思う。
当時は、私はちいちゃんとは逆で、人に見られたかったというか、注目されたかった。
太ったら、周囲の人をがっかりさせるとか、評価されなくなると思っていた。
親からも自分は評価されていなかったと思っていたので、自分では評価を求めていたのかなと。当時、500グラムとか増えたら「死んだほうがマシだ、どうしよう」っていう感じで。
だけど、見られたいんだけど、例えばみんなが集まった場所とかで、人に評価されなかったと思ったら、もう食べたくて。
そこで、私も怒りみたいなものがすごく湧くんだよね。
評価されなかったというのも勝手に思っていることなんだけど、「ああもうだめだ失敗した」と思ったら、すごく怒りが湧いて、食べ物を詰め込んで、それも吐くために食べるから、牛乳とか生クリームとか買い込んでこなきゃならなくて、一秒もじっとしていられなくて、仕事を抜けてスーパーに行きたいとか、何分以内に吐かなきゃみたいなことで人生が終わっちゃってるような感じで…。
ただ、私は当時は吐いたらすごくエネルギーが出て、吐き終わったら体重計に乗ってすっきり吐けてたら、達成感が得られたんですよね。これはなかったことになったみたいな気持ちがあって。
でも、だんだん気持ちの落ち込みとかアップダウンが自分でもコントロールできないくらい酷くなっていって、生活がそれで振り回されちゃう。
家族にはアピールしていたと思うんだけど、友達とか周りの人には絶対に知られたくなくて、知られたら死ぬぐらいの気持ちでいました。
でも自助グループも探して東京に行ったりもしていたので、私の中で、自分のいる世界がまったく二つにわかれていた。
外側の自分は、綺麗に食べて、もらった高級なクッキーをちょっとだけ食べてとっておける自分みたいなのが理想で、だけど、実際は食べ尽くしちゃうから、違うと思ったら、すごい馬鹿食いして吐くみたいな。
一口二口食べて紅茶を飲んで置いておくというちょっとした理想が守れなかっただけで、全部崩れちゃったというか、そういう意味で自分に過度な要求とか期待をしていたんだなって思う。
いづさんの言うように、自分の生まれた家族の中でも、つねにお母さんが求めるようないい子でいないと生きられないと思っていたので、ずっと自分に無理を強いて、「このままでもいいよ」とか、「だらだらでもいいよ」とか思ったことがないまま生きてきてたんですよね。今でも実家に帰るとそうなんだけど。
でも、過食嘔吐が自分の人生の中で終わると思った事はなかったけど、今症状が出なくて2年ほど経っているんだよね。

いづ : 怒りってやっぱりあるね。

Bちゃん :怒りがすごくあった。怒りが自分のエネルギーになってるなって思った。
ちょっとしたことで傷ついたりしたんだけど、誰かに言われた心ないことで、自分に向けられたわけじゃないけど、裏読みして。そのときに、見返してやろうみたいな気持ちになって、それが体重にも繋がるっていうか。細くもなって、もっとすごいことをして見返してやろうみたいな気持ちが強かったです。

マリ : 私は、自分が心が汚れた人みたいな気持ちなのかなって。摂食障害の回復施設に行ったんですけど、そんな気持ちになりました。
そこに入って1年くらいしたらみんな回復して卒業すると聞いて、見学しに行ったんです。そこは、みんな歌ったり共同作業をして気持ちを育てていくみたいなところでした。私も病気だってことがわかっているから、何とかすがる思いで治りたいと思って飛び込んだんですが、そこにいる人たちに受け入れてもらえなかった。
私は拒食で、ここでは拒食は治りにくいと。拒食は自分を捨てれないからって。
そこにいる子たちを見てたら、純粋に歌を歌っていたりとかする。それを見たときに私は何か違うと確かに思った。
みんなみたいな優しい気持ちになれないなって。
でもそれを他の人に言われてしまうと、不安になったし、私は治らないのかなって思ってしまった。
私はこのままどうなっていくのっていう、絶望みたいのが見えていたりするし、そういうので戸惑ってしまって、食べるとか食べないとか食べたいとか、そんな気持ちに翻弄されてしまっているような感じがして、「自分って何なんだろうな」って思う。「何なのかな」、「何でこんな変なことばっかり考えてしまってるんだろう」、「こうじゃなかったはず」って思う。

いづ : 自分を捨てて優しくならないとダメだと感じる?

マリ : 今はそこまではなくなってきたんだけど、当時はとても感じていました。
どうしても仲間に入りたくて、物を作ったり手紙を書いたりもした。それでもやっぱり自分を持ってるから、受け入れてもらえなかった。
私の抱えている辛さは辛さじゃなくて、本当はこんなことで辛いとか思っていたけど、それもダメなのかなって。
私よりもっと辛い思いをしている人とかがいるから、私の辛さは何なんだろうって分からなくなった。私はいろいろ憧れとか夢とか思ってしまうけれど、信じたい道もあるけれど、それを思っちゃダメなのかな、それを信じちゃダメなのかなって。
自分のことしか考えていないのかなって。

いづ : 今マリちゃんの話を聞いて、何となく思い出したのが、本当にあり得ないぐらい辛いのに、「その辛さは辛いと思ってダメ」って思っていたこと。
世の中みんな一生懸命やっていて、みんな辛いものを抱えているのに、自分だけこんな風に弱音はいたり、食べて吐いて、なんて私はダメなんだろうと思っていた。
でも、辛いものは辛かったし、それを辛いと思うこと自体がダメと思ってたことがまた辛かったというか…今そんなこと思った。
Yuiさんはどうですか?

Yui : 辛いこと…、何だろう、何が一番辛かったかな。
当時はそれが一番とは思ってなかったけど、自分が統合されていない感じが辛かったのかも。
親からしつけを受けたり、学校で道徳教育みたいのを受けたり、先生から「これはいいこと、これは悪いこと」とか言われて誰でも育つじゃないですか。そういう刷り込みで自分の中に入っている考え方とかこうすべきだということと、自分が本当にしたいとか感じたいとか「私はこうでありたい」と思う方向性がばらばらだった。と、今振り返ってみて思うのね。
例えば、空き缶を投げ捨てて歩いてく人とか、車の窓からたばこの吸殻を捨てて走っていくのとか見ると、それこそすごいムカつくわけ。あんなことして「キー」って。もう、5秒に一回くらい怒ってたね。不正なことをしている人を自分で見つけるかのようにして、しょっちゅう怒って。
でも、じゃあ自分が正義感に満ちていて、すがすがしい生き方をしているかというと全然そうじゃなくて、ずるいこといっぱい考えたりしたりしているわけ。
自分がそういうふうに統合されていない感じが、多分、自分で自分をもてあましていたというか、どうしたらいいのかわからなかったんだろうなと今になると思う。
自分のことを責めちゃったり、「こんなんじゃダメや」って思っちゃうという話もみんなからも出たけど、「自分はこんなことばかり考えて」とか、「こんな人間なのに」とか私も思ったよ。けど『その舌の根も乾かないうちに!』じゃないけど、「あの人あんなことしてる、キー」みたいな、人を糾弾したくもなる自分がいる。それが辛いんだって、当時は自覚してなかったけど、今思うと、バランスがとれてない感じだった。
言葉にもならなかったし、辛いのだということもわからなかったから、自分をどうしたらいいのかが全然わからなかった。
つねにカリカリしてて、つねに何をしていてもこれじゃいけないっていう焦燥感があって、
誰を見ても「あんたそれじゃダメでしょ」って言いたくなって、常に自分自身に対して「ダメだダメだ」って思ってて、ホッとする時間がなかったっていうか。
それって、刷り込まれた自分と本当の自分が一致する瞬間がないから、「私はこれでいいんだ」ってホッとするということがなかったのかなと、今になると思う。

いづ : 統合されていないっていうのは、自分がばらばらみたいな?

Yui : ばらばらとは、そのときは思ってないの。そのときはそのときで、自分の考えがあって、自分のことが世界で一番正しいと思っていて周りはみんなバカだと思ってるくらいの勢いだから(笑)、自分がばらばらって感じではない。けど、とにかくすべてが「こんなはずじゃない」とか、「これでいいわけない」という感じで、「自分はもっといい生き方をできるはず」とか、「人から評価されるはず」とか、「太く短く生きれるはずだ」とか、「有名になれるはず」とか、」「メジャーになれるはず」とか(笑)。今のこの状態じゃない他の何かを常に求めていて、そっちの理想ばかり見て追っているから、現状に満足できるはずもなく、心休まるときが全然ないという感じだったかな。