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摂食障害の基本知識 ~経験者の視点で語り合いました
いづ : 人のためとか、自分のことばかり考えるとか、ちょっとそのへんについてみんなからも聞いてみたいな。
Bちゃん : 人のために私は生きてきてた。
例えば、お姉ちゃんを喜ばせたくて、お姉ちゃんの好きな雑誌を小学校の低学年のときに万引きしてあげたりしてて、見つかって母に怒られたりとか。
家の手伝いをしたのも母の役に立ちたかったからだし、会社で一生懸命仕事をしたのも上司を喜ばせたかったし、っていうのがすごくあって、だけど多分自分のやりたいこと、自分本来のやりたかったことを出しちゃいけないと思っていたから、それが苦しかった。
自分のやりたいことを出したら嫌われるっていうふうに思っていて。でもそうしないと生きられなかったからきたんだけど。
それで、誰かに喜ばれなかったりしたら、多分そこで怒りが湧くというのがあったんだと思う。自分が本当にやりたかったこととか、自分自身を支えてくれる人も場所も自信もなかったんだと思う。生きていく場所を探すには、人に喜ばれたり人に評価される場所を捜すしかなかったんだなと思う。でも多分それが苦しくてずっと食べて吐いていたんだと思う。
Yui : 私はそのへん(人のために生きるとか、誰かの役に立ちたいということを)、あまり考えてみたことがないかなぁ…。「所詮自分だしね、誰だって自分がいちばん可愛いしね。」という本音が私自身にあったんだよね。人様の不公平さや身勝手さを糾弾しながら、自分の自己顕示欲の強さもわかってるから、その矛盾がまた痛くて、バランス取れてなかったなぁ。
いづ : 私は人のためとかっていうところ、個人的には結構引っかかるなあ。
私もBちゃんと一緒で、ずっと人のためにやってきているその感じが本当に辛かった。
例えば母親の話の聞き役になるとか、気づいたら会社の人間関係の橋渡し役になっていたりとか、そういうのって、人のためだったんだけど、でも、それも自分のためだったんよね。母親の聞き役をやるのも、結局、お母さんに離れていってほしくない、お母さんが辛いのを見たくないから聞き役になっていたんだし。
全部自分のためにやっているんだと思えてきて、そしたらちょっと楽になったという経過がありました。表面的には人のためのことでも、結局は全部自分のためなんだって。人の役に立っているということで自分を保てるってこと、あるもの。そういう考え方に切り替えたら、人のために動いて自分がなくなってしまっている不安とか、これだけしたのにという怒りが薄れたりして、「いいやもう、自分のためで」というか。うん、そういう変化というか、そういうふうに考えたら楽になるんやなという知恵はついた気がします。
ちいちゃん : いづと似たような感じかな。人のためだったか、自分のためだったかというと、自分主体じゃないというか、自分が見捨てられないためにということを主体に生きていたと思う。自分のために心地よく生きるために行動していたわけでもなく、人のために何かすることで、見捨てられないために行動していたという、そっちだと思う。
*Bちゃんとマリちゃんはここまでの参加です。
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