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摂食障害の基本知識 ~経験者の視点で語り合いました

自己紹介

Yui : 私は摂食障害を含む依存症は、11年くらい前にある日突然止んで、もう過去の記憶になってしまっていて、生々しい感じはそんなにもう覚えてないんですが、中学校2年から3年に上がるときくらいから28歳までずっとでした。いろんなことをして、やんちゃな生活をしていたのでニキビ跡もいっぱいあります(笑)

マリ : マリといいます。今19歳です。摂食障害はまだ全然回復はしていなくて、高校2年くらいから、自分では気づいてなかったんだけど、だんだんと食べられなくなっていきました。
高校卒業後、専門学校に入学まではしたんですけど、そこで周りとの差を感じたというか、周りが大人に見えて自分だけが幼い感じがして、体のこともあったので病院に行ったほうがいいということになり、診断の結果、急遽入院となりました。
地元の病院へ入院して、食事も食べれてはいたのですが、病院の先生と合わなくて、2ヶ月くらいで出てしまいました。今は家に居て、あかりPJとつながったり、回復した人からのメッセージをもらったり、自助グループや病院を探したりしています。

Bちゃん : Bちゃんです。今37歳なんですけど、18歳から2年前までずっと過食嘔吐をしていました。
母親との関係とかもあったんだけど、大学に進んで一人暮らしをして、そのとき多分寂しかったり、人間関係でつまずきを感じたりして、痩せたら何かが変わるというようなこともあって食べ吐きをし始めたんですね。
最初はちょっと食べてちょっと吐くって感じだったんだけど、本当にどんどん酷くなって、就職してからも、会社でも上司が居なくなると人のいない応接室のトイレとかでも吐いたりして、なんで生きてるのか、なんで食べて吐いてるのか分からない感じでした。
その頃、実家にも帰ってたんだけど、実の親は見て見ぬふりをしているような感じでした。 自助グループや病院にいろいろ行ったんだけど、自助グループには馴染めなくて、病院の先生も薬を飲むことも合わなかったんですね。
そうこうしているうちに結婚したんだけど、旦那さんは過食嘔吐とか分かってなくて、子どもを一人産んだ後も、子どもを泣かせてしまっても罪悪感で吐いたりしてました。それで自助グループにつながって、そこでもすぐに治ったわけじゃないんだけど、何となく吐く回数が減っていって、過食嘔吐をやめたいやめたいという気持ちもなくなっていって、だんだんに治っていって、今は2年半ぐらい吐いてない状況です。

ちいちゃん : ちいちゃんです。過食のみで、高校1年生のときからダイエットがきっかけで始まりました。ダイエットすると必ず反動で過食になって、それが止まらなくなっていきました。
卒業して働きだしてからもずっと過食だったんだけど、妊娠をきっかけにつわりで食べれなくなって、食べれない楽さを実感として感じられたのが良かったというか、そのまま食べなくてもいられる感じが続いていて2年になります。
多分、あかりPJに関わっていることも大きいし、今まで、過食や生きづらさからどうやったら解放されるかというとこばかり探して探して、本を読むとかワークショップとか自助グループとかそういうちょっとした行動の積み重ねが、今食べなくてもいられる状態になれたんだと思います。
今は、過食はないけど、子育てですごくつまずいていて、私がキレたり、娘がすごい憎くなったりして、自分の中にまだいっぱい取り組まなきゃいけないところがたくさんあるんだろうな、というのが今の私です。

いづ : 摂食障害は…、青春時代すべてを持っていかれたなって感じ。中学2年ぐらいのときに、本当にわけがわからないんだけど、とにかく食べるのが止まらないわけ。
そんなことしたくないのに、それなのに止められない、「これは何なんだろう」って…。
親に言っても「成長期なんだから当たり前だよ」と言われて、友達に相談してみても、「それは明らかに食べ過ぎだよ」とか言われて、一人で、どうしたらいいんやろうって苦しみました。
それから15年間くらい。途中で過食から過食嘔吐になりました。
今は過食嘔吐がなくなって2年半ぐらい経つんですけど、今振り返ってみたら、もともと過食になる前から辛かった。
ものごころついたときから辛かったっていうか…。生まれたときからいろんな辛さが蓄積されてきていた。自分を責めてお尻をたたいたり、完璧にしなきゃいけないとかいう、生きていくために身につけた術が辛さの源だったんだけれど、だんだんと、それは楽な考え方じゃない、そういうことに気づくんですね。
苦しい生き方を身につけざるを得なかったのは、私は家庭環境の影響もあると思ってて、本当に過酷な家の中で生き延びてきたなと思う。だけど、親が悪い訳では決してなくて、親もその親からそういう生き方を受け継いできたんだろうし、戦争があったり世の中のいろんな枠組みがあったりとかで生きづらいところを生きてきた歴史が受け継がれているのかなって…。誰が悪いとか人の問題じゃなくて、そういう苦しさが生まれる価値観というか、風潮のようなものがあるんじゃないかと思い始めました。
そこを何とか変えようとかは思わないけど、私みたいな感じの人間でも、のびのび生きられるような風潮に、少なくとも風潮の枠は広げられるのではと今は思っていて、少しずつでもそこに取組んで行けたらなと思っています。

いずみさん : (後ほど、途中参加)